味方のSO(スタンドオフ)が高く蹴り上げたハイパント。落下地点の近くで、なぜか味方の選手がぽつんと立っている。相手がボールを捕った瞬間、笛。ペナルティ。本人は一歩も動いていないのに、だ。
これが「キックオフサイド」、正確にはオープンプレーでのオフサイドのうち、キックのときに起きるものだ。ルールブックには、グラウンド上には引かれていない“10メートルの見えない線”が出てくる。この線を知っていると、キックの応酬がまったく違って見える。
- 味方が蹴った瞬間、キッカーより前にいる味方は全員オフサイド(競技規則10.1)
- ボールの落下地点から10メートル以内にいたら、ただちに下がる義務がある。相手の行為ではオンサイドに戻れない(10.4c・10.8、通称「10メートル規則」)
- 10メートルの外なら、下がるか、キッカーら“オンサイドの味方”に追い越してもらえば戻れる(10.6・10.7)
- 2024年7月の改正で「相手が5メートル走る・パスする」ではオンサイドに戻れなくなった
オフサイドの基本から知りたい人は、先にラグビーのルール初心者ガイドを。この記事はその補足として、キックの場面だけに絞って深掘りする。条文はワールドラグビー競技規則の第10条(2026年9月時点)を基準にしている。
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蹴った瞬間、前にいる味方は全員オフサイド
第10条はこう始まる。オープンプレーでは、ボールを持っている味方、または最後にボールをプレーした味方より前にいる選手はオフサイドである(10.1)。キックの場合、オフサイドラインを決めるのはボールを蹴った足の位置だ。
つまり、SOが自陣10メートル付近からハイパントを蹴れば、その足より前にいる味方は、FWだろうがウイングだろうが全員オフサイドになる。ここで大事なのは、オフサイドの位置にいること自体は反則ではない、という点。反則になるのは、その選手がプレーに関わったときだ。
関わる、とは何か。条文は4つ挙げている(10.1a〜d)。
- ボールをプレーする落ちてきたボールを捕る、触る。
- ボールキャリアにタックルする相手の捕球者に突っ込む。
- 相手のプレーを妨げる捕球者の進路や視界をふさぐ。
- オフサイドの位置でうろつく「ロイタリング」。2024年7月の改正で、はっきり反則として書き込まれた。
“10メートルの見えない壁”はどこに立つ?
ここが本題。キッカーより前にいた選手が、ボールの落下地点(または捕球地点)から10メートル以内にいた場合、その選手はただちに下がらなければならない(10.4c)。下がる先は、オンサイドの位置にいる味方の後ろか、落下地点から自陣側へ10メートル離れた、フィールドを横切る想定上のラインまでだ。
これが通称「10メートル規則」。この線はグラウンドに引かれていない。落下地点が決まった瞬間に現れる、文字どおり見えない壁だ。
細かいけれど大事なルールが3つある。
1つ目、ボールがゴールポストやクロスバーに当たってから落ちても、同じく適用される。2つ目、10メートル以内に複数の選手がいた場合、反則を取られるのは落下地点に一番近い選手。3つ目、キックがチャージダウンされたとき(チャージダウンしようとして触れられたときを含む)は、この規則は適用されない。
そして最も誤解されやすいのがここ。10メートル以内にいたオフサイドの選手は、チャージダウン以外の相手の行為ではオンサイドに戻れない(10.8)。相手が捕って走ろうが、蹴り返そうが、関係ない。自分で下がるしかない。冒頭の「一歩も動いていないのに笛」は、まさにこのケースだ。止まっていること自体が、義務違反になる。
10メートルの外にいたら、どうすれば戻れる?
落下地点から10メートル以上離れていた選手は、扱いが少しゆるい。すぐに下がる義務まではないが、プレーに関わってはいけないし、ボールに向かって前に出てもいけない(10.4a・10.4b)。そのうえで、次のどれかが起きればオンサイドに戻れる。
| オンサイドに戻れる条件 | 具体的な場面 | 条文 |
|---|---|---|
| 最後にプレーした味方(キッカー)の後ろまで下がる | 自分でキッカーの位置より後ろへ戻る | 10.6a |
| オンサイドの味方の後ろまで下がる | 後方から走ってくる味方のラインまで戻る | 10.6b |
| オンサイドの味方に追い越される | 蹴ったSO本人が追いかけてきて、自分を追い越していく | 10.7a |
| 相手がボールを蹴る | 相手FBが蹴り返した瞬間 | 10.7b-i |
| 相手が故意にボールに触れ、確保しなかった | 相手がはたいたが捕れなかった | 10.7b-ii |
| ボールがタッチに出る | それまで規則を守っていたことが条件 | 10.7c |
キックチェイスでよく見る「キッカー自身が全力で追いかける」動きには、ちゃんと意味がある。キッカーはもちろんオンサイド。そのキッカーが前にいた味方を追い越していくと、追い越された味方は一斉にオンサイドに戻る。だからハイパントのあとは、蹴った本人が一番前を目指して走る。
2024年の改正で「待っていれば戻れる」は消えた
ここは昔からの観戦者ほど要注意だ。2024年7月1日の改正前は、10メートルの外にいるオフサイドの選手は、相手の捕球者がボールを持って5メートル走るか、パスをするとオンサイドに戻れた。この2つの規定が削除された。
理由は、キックの蹴り合い(いわゆるキックテニス)だ。ワールドラグビーの説明によると、蹴る側の選手は落下地点から10メートル以上離れていれば、相手が走るかパスするのを待つだけでオンサイドに戻れた。その結果、フィールドの真ん中でじっと待つ選手が増え、蹴り合いが延々と続く展開が生まれていた。改正の狙いは、オフサイドの選手に「自分で動いてオンサイドに戻る」ことを求めることにある。
いまは、相手が捕って走っても、パスしても、10メートル外のオフサイド選手は戻れない。相手が蹴るか、味方に追い越してもらうか、自分で下がるか。キックを受けた側は、前に残った相手選手をかわして前進しやすくなった。キックを蹴る側にとっては、チェイスの“質”が問われるようになったわけだ。
場面で整理:キックチェイス4つの場面
ハイパントを想定して、よくある4つの場面を順に追ってみる。SOが蹴る、前方に味方のCTB(センター)とFLがいる、という設定だ。
- 場面1:蹴った瞬間SOの蹴り足より前にいるCTBとFLは、この時点でオフサイド。まだ反則ではない。
- 場面2:落下地点が決まるFLは落下地点から6メートル、CTBは15メートルの位置。FLは10メートル規則の対象で、ただちに下がる義務がある。CTBは下がるか、追い越されるのを待つ。
- 場面3:相手FBが捕って走るFLは下がっていなければ反則。CTBも、相手が走っただけではオンサイドに戻れない(2024年改正後)。動かずに相手の進路をふさげば、これも反則になりうる。
- 場面4:SOが追いつき、2人を追い越すCTBは追い越された時点でオンサイド、プレーに参加できる。FLは、10メートル以内から後退してオンサイドの味方の後ろに入っていれば、プレーに戻れる。
Q1味方がタッチキックを狙って蹴ったボールが、タッチに出た。キッカーより前にいて、まだ下がりきっていなかった味方の選手は、相手がクイックスローを入れたらオフサイド?答えを見る
オフサイドではない。2025年7月にワールドラグビーが出した公式の解釈(Clarification 3-2025)によると、ボールがタッチに出てデッドになった時点で、オープンプレーは終わる。ボールがデッドのときにオフサイドを定める規則はない。ボールがインプレーの間に、下がる義務(10メートル以内なら「ただちに」)をきちんと果たしていた選手は、タッチに出た時点でオンサイドになる。クイックスローを入れるかどうかは、相手の位置も見たうえで投げる側が判断することだ。
ラグビーの“10メートル”は1つじゃない
最後に、混同しやすい「10メートル」を整理しておく。キック時のオフサイドのほかにも、ラグビーには10メートルが何度も出てくる。
- キックオフ:相手は10メートルラインの上か後ろにいなければならない。ボールも10メートルラインに届かなければならない(12.5b・12.6)
- ペナルティ・フリーキック:反則した側はただちに10メートル下がる(20.12)
- ラインアウト:参加しない選手はマーク・オブ・タッチから10メートル下がる(18.35)
もうひとつ、ラック・モール・スクラム・ラインアウトで生まれたオフサイドの選手は別ルールになる。こちらは、相手がボールを持っていずれかの方向へ5メートル動いたり、相手がボールを蹴ったりすると、オンサイドに戻れる(10.10)。オープンプレーのキックでは削除された「5メートル」が、ここには残っているわけだ。ややこしいが、クイズには最高の素材になる。腕試しはラグビールールクイズ20問でどうぞ。
キックの種類そのものについてはキックの種類と蹴り方、自陣から相手陣22メートル内を狙う戦術は50:22の解説、落ちてくるボールを競り合う技術はハイボールキャッチのコツにまとめた。
次にハイパントが上がったら、ボールではなく、蹴った側の前にいる選手を見てほしい。誰が必死に戻っていて、誰が止まっているか。10メートルの見えない壁が、きっと見えてくる。
参考:World Rugby 競技規則 第10条 オープンプレーにおけるオフサイドとオンサイド/Law changes(2024年7月)/Clarification 3-2025/第12条 キックオフと試合再開のキック/第20条 ペナルティキックおよびフリーキック
