ボールが高く上がる。観客席がざわつく。落下点には、こちらの15番と、全力で走り込んでくる相手のチェイサー。ハイボールの数秒間は、ラグビーで一番“一対一”がむき出しになる時間だ。空中戦で負けないために必要なのは、ジャンプ力より膝・手・声の3つ。なぜ膝を上げるのか、手はどんな形で待つのか、いつ叫ぶのか。空中の選手を守るルールと合わせて整理した。
- 膝を上げるのは、高さを稼ぎ、体を守り、競り合いのスペースを作るため。ただし相手を蹴るための膝は論外
- 手は顔の前で“かご”を作り、一番高い位置で、指先から迎えにいく
- 声は早く、はっきり。味方同士の衝突と、お見合いの両方を防ぐ
- 地面から足が離れている相手へのタックル・チャージは反則(競技規則9.17)。キックオフからはマークを取れない(17.4)
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なぜ“落ちてくるボール”は怖いのか
ハイボールが怖い理由ははっきりしている。ボールを見上げている間、周りが見えないからだ。相手のチェイサーがどこから来るのか、味方がどこにいるのか、目では確認できない。しかもボールは回転しながら落ちてきて、風で流れる。
だから、上手いキャッチャーほど「ボールが上がった瞬間」の情報収集が早い。ボールが蹴られた瞬間に、落下点の予測、チェイサーの位置、味方の位置を一度にスキャンし、そこから先はボールだけを見る。落下点に早く入れた時点で、勝負の半分は終わっていると言っていい。
空中戦の3原則:膝・手・声
原則1:膝は“盾”であり“はしご”
ハイボールをジャンプして取る時、多くの選手は片膝を高く上げる。理由は3つある。
一つ目は高さ。片脚を振り上げることで、体が上に引き上げられ、両足ジャンプより高い位置でボールに触れられる。バスケットボールのレイアップに近い感覚だ。
二つ目は体を守る盾。空中では体が無防備になる。上げた膝は、正面から来る相手との間に距離を作り、胸やお腹を守る役目を果たす。
三つ目はスペースの確保。膝を上げることで、自分がボールを取るための空間を主張できる。競り合いの中で「ここは自分の場所だ」と示す動きでもある。
ただし、はっきりさせておきたい。膝は相手を蹴るためのものではない。相手に膝を突き出すような動きは危険なプレーになりうる。膝を上げるのは、あくまで自分の高さと安全のため。上げる方向は、ボールに向かって“上”だ。
着地までが空中戦だ。キャッチした後の着地も大事になる。空中で相手と接触すると、バランスを崩して背中や頭から落ちる危険がある。着地に向けて体を少し横に向け、相手チェイサーの側に肩や背中を向けると、着地後のコンタクトにも備えられる。ボールは胸にしっかり抱え込む。
原則2:手は“かご”、指先から迎えにいく
ボールを待つ手の形は、両手を顔の前に上げ、親指と人差し指で三角形か“W”の形を作るのが基本。指は開いて力を抜き、ボールを包み込める“かご”を作る。
ポイントは、できるだけ高い位置で、指先から迎えにいくこと。胸の前で待つと、チェイサーに先に触られるし、跳ね返ったボールがノックオンになりやすい。腕を伸ばし、ボールが一番高いうちに指先で捉え、そのまま胸に引き込む。
- 落下点に入るボールが上がった瞬間に周りをスキャンし、早めに落下点へ。最後の数歩は小刻みに調整
- かごを作る両手を顔の前に上げ、親指と人差し指で三角形。指は開いて柔らかく
- 高い位置で捉える膝を上げてジャンプし、腕を伸ばして指先からボールを迎える
- 胸に引き込む捉えたボールをすぐに胸に抱え込み、肘を締める
- 着地に備える体を少し横に向け、チェイサーの側に肩を向けて着地
ボールを取りこぼして前に落とせば、ノックオンで相手ボールのスクラムになる。「取れなくても前に落とさない」意識も持っておきたい。
原則3:声は早く、はっきり、一度で
ハイボールで意外と多いのが、味方同士のミスだ。二人が同じボールを取りにいって衝突する。あるいは、お互いに相手が取ると思って見送る。どちらも、声がなかったことが原因になる。
コールのタイミングは、ボールが上がって自分が取れると判断した瞬間。落下直前に叫んでも、味方はもう動いている。チームで決めた言葉(「マイ」「マーク」「オッケー」など)を、大きな声で一度はっきり出す。一度コールしたら、その選手が取るのが原則。迷って譲ると、それが一番危ない。
フルバックとウイングの間では、どちらが優先で取るかを事前に決めておくのも有効だ。一般的には、前に向かって走りながら取れる選手が有利とされる。後ろに下がりながら取るより、前向きの方が勢いをつけて高く跳べるからだ。
前に出て取る派:前向きに走り込めば高く跳べるし、チェイサーより先にボールに触れる。キャッチ後にそのまま前進もできる。
待って確実に取る派:落下点で構えていれば、キャッチの確実性は上がる。ただしチェイサーに時間を与える。個人的には、状況が許すなら前に出る派。異論は認める。
空中の選手を守るルール
ハイボールの競り合いは、ルールで厳しく守られている。基本になるのが競技規則9.17だ。
「プレーヤーは、地面から足が離れている相手側プレーヤーをタックルしたり、チャージしたり、引っ張ったり、押したり、または、つかんだりしてはならない」。罰はペナルティ(出典:World Rugby 競技規則 第9条)。
つまり、ジャンプしてボールを取りにいった選手に、空中でぶつかったりつかんだりすることはできない。チェイサーも一緒に跳んでボールを競うことはできるが、ボールではなく相手の体に向かっていく動きは反則になる。空中で相手を倒してしまった場合、危険度によってはイエローカードやレッドカードが出ることもある。
“エスコート”も取り締まりの対象に
逆に、キャッチする側のチームにも制限がある。キャッチャーの前を味方が下がりながら走り、相手のチェイサーの進路をふさぐ動き、いわゆる“エスコート”だ。World Rugbyは2024年11月のテストマッチを前に、この動きへの取り締まりを強化する方針を示した。キャッチャーの近くで、チェイサーの前で速度を落として進路をふさぐ動きは、ペナルティの対象になりうる。
公平な競り合いを守るためのルールだ。キャッチする側も、追う側も、ボールに向かって正々堂々と競うことが求められている。
キックオフのキャッチは“マーク”なし
キックオフやリスタートのキックでは、いくつか特有のルールがある。
まず、キックオフのボールは10メートルラインに届かなければならない(12.6)。届かなければ、相手側がキックのやり直しかスクラムを選べる。キックした側の味方は、蹴る瞬間にボールより後ろにいなければならない(12.5a)。受ける側は、10メートルラインか、その後方にいる(12.5b)。
そして大事なのが、キックオフのボールではマークを取れないこと。マークとは、自陣22メートルライン(または自陣インゴール)の内側で、相手のキックを直接キャッチして「マーク」と叫ぶと、フリーキックが与えられるルールだ(17.1)。しかし競技規則17.4は「キックオフや得点後のリスタートキックからはマークを取れない」と定めている(出典:World Rugby 競技規則 第17条)。
Q1自陣22メートルラインの内側で、相手のキックオフのボールを直接キャッチして「マーク!」と叫んだ。フリーキックはもらえる?答えを見る
答え:もらえない。競技規則17.4により、キックオフや得点後のリスタートキックからはマークを取れない。キックオフのキャッチは、マークに頼らず、そのまま相手のチェイサーと競り合うことになる。
雨、風、ナイター。条件が悪い日ほど差が出る
ハイボールは天候の影響をまともに受ける。雨の日はボールが滑り、指先で捉えたつもりでも手の中で跳ねる。こういう日は、いつもより早く胸に引き込むことを意識したい。腕を伸ばして高い位置で迎えるのは同じだが、指先で“止める”時間を短くして、体全体で包み込む。
風の日は、落下点の読みが一番難しくなる。ボールが上がった直後の軌道で判断せず、頂点を過ぎてからの流れを見て、最後の数歩で細かく合わせる。早めに落下点へ入り、最後は足で調整。これは晴れの日の原則と同じだ。ナイターの照明や日差しが目に入る時は、手のひらでひさしを作りながら、ボールの影を追う選手もいる。試合前のウォーミングアップで、実際にその会場でボールを蹴り上げてもらい、風と光を確かめておくのが一番の対策だ。
一人でもできるキャッチ練習
ハイボールは本数が勝負。一人でもできる練習を紹介しておく。
ドリル1:真上トス
ボールを自分の真上に高く投げ上げ、落ちてくるボールを高い位置でキャッチする。手の“かご”の形と、指先から迎える感覚を身につける。慣れたら、投げ上げた後に数歩移動してからキャッチする。
ドリル2:膝上げジャンプキャッチ
真上トスに、片膝を上げたジャンプを加える。左右どちらの膝でも跳べるようにしておくと、実戦で落下点の調整がしやすい。着地で体を横に向けるところまでをセットで行う。
ドリル3:パートナーとのキック&キャッチ
仲間がいれば、パントを蹴ってもらって落下点に入る練習をする。最初は短い距離から、徐々に高く、遠く。コールも毎回必ず出す。チェイサー役をつけて負荷を上げるのは、キャッチが安定してからだ。
接触を伴う競り合いの練習は、必ず指導者の管理のもとで行ってほしい。空中での接触は、着地の仕方によっては大きなケガにつながる。
“最後の砦”の信頼は、空中で作られる
ハイボールを確実に取れる後衛がいるチームは、相手のキックを怖がらなくていい。逆に、空中戦で負け続けるチームは、蹴られるたびにピンチになる。フルバックやウイングが“最後の砦”と呼ばれるのは、タックルだけでなく、この空中戦を任されているからだ。
名選手たちの空中戦についてはフルバックの記事とウイングの記事で書いている。キックする側の視点ならキックの種類と蹴り方、陣地を一気に取り返す50:22の記事も合わせて読むと、空中戦の意味がもっと立体的に見えてくる。
膝で空間を作り、手で迎え、声で味方を動かす。この3つがそろえば、空から降ってくるボールは“怖いもの”から“奪うもの”に変わる。
参考:World Rugby 競技規則 第9条/World Rugby 競技規則 第12条/World Rugby 競技規則 第17条/Rugby referees to clamp down on ‘escorts’(Yahoo Sports)
