2015年9月、ブライトン。日本代表が南アフリカを34-32で破ったあの試合、南アフリカのベンチには若いロックがいた。エベン・エツベス。9年後の2024年9月、彼はビクター・マットフィールドの127キャップを抜き、スプリングボクス史上最多キャップ保持者になる。一方、あの日の日本のロックはトンプソン ルークと大野均。ロックという巨人たちの物語は、日本のファンにとっても他人事ではない。
- ロック(4番・5番)はスクラムの2列目。ラインアウトの“跳ぶ人”で、モールとスクラムの推進力を生む心臓部
- 名ロックは大きく2タイプ。空中戦を支配する「空のロック」と、接点で相手を潰す「地上のロック」
- 世界はイールズ、M・ジョンソン、オコンネル、マットフィールド、エツベス、レタリック。日本は大野均(98キャップ)とトンプソン ルーク(71キャップ)
- 2026年の日本はディアンズを軸に、200cm超の選手が2列目を争う
Contents 目次
ロックは“スクラムの留め具”であり“空の司令塔”
ロックはスクラムの2列目に並ぶ2人。競技規則第19条では、ロックは「すぐ前のプロップと、互いにバインドする」(19.7c)。さらにフランカーとナンバーエイトは「ロックの体に少なくとも片腕でバインドする」(19.7d)と決まっている。つまりスクラム8人のつながりは、2人のロックを中心に組み上がる。前の3人を押し、後ろの3人の力を受け止める。スクラムの留め具のような存在だ。
ラインアウトでは主役になる。味方に持ち上げられて空中でボールを取る「ジャンパー」を務めるのは、たいていロックだ。競技規則はリフトについても細かく定めていて、スローのボールが投げ手の手を離れる前に跳んだり持ち上げたりしてはいけない(18.20)。持ち上げた選手は、ボールの獲得が決まったら跳んだ選手を安全に下ろさなければならない(18.29c)。
Q1ラインアウトで、リフトする選手はジャンパーのどこをつかんでいい?答えを見る
競技規則では、跳ぶ選手をあらかじめつかむ「プレグリップ」は認められているが、「後ろからショーツより下、前からは太ももより下」をつかんではいけない。だから多くのチームは、ショーツのあたりと太ももの上側を持って持ち上げる。高さを出しつつ安全に下ろす。ここまでがリフトの技術だ。
ラインアウトの駆け引きを支えるのはスロワーとの呼吸だ。投げる側の話はフッカーの記事に、スクラムの最前列はプロップの記事に書いた。
空を制したロック
ジョン・イールズ(オーストラリア)
1991年と1999年、2度のワールドカップ優勝。1999年は主将としてトロフィーを掲げた。ワラビーズ86キャップのうち、テストで主将を務めたのは55試合。ニックネームは「Nobody(ノーバディ)」。由来は「Nobody’s perfect(完璧な人間などいない)」、つまり“完璧な男”という皮肉交じりの賛辞だ。FWでありながらゴールキックも蹴った、万能型のロックだった。
ビクター・マットフィールド(南アフリカ)
ラインアウトで相手のボールを奪う名人。2007年ワールドカップの優勝メンバーで、決勝ではラインアウトでの働きが評価されてマン・オブ・ザ・マッチに選ばれている。127キャップは長く南アフリカの最多記録だった。空中戦で試合を決められるロックの代名詞といっていい。
ポール・オコンネル(アイルランド)
アイルランド代表108キャップ。マンスター、アイルランド、そしてライオンズの主将を務めた。2009年のシックスネーションズ最終戦、ウェールズ戦では相手ラインアウトのボールを奪い続け、アイルランドの61年ぶりのグランドスラムにつながる17-15の勝利を支えた。相手のサインを読み、跳ぶ位置を先回りする。「読み」でラインアウトを支配した代表格だ。
地上で潰したロック
マーティン・ジョンソン(イングランド)
2003年ワールドカップでイングランドを優勝に導いた主将。その決勝が、84キャップ目にして最後の国際試合になった。ライオンズでも1997年南アフリカ遠征で主将を務めてシリーズに勝ち、2001年のオーストラリア遠征でも主将に選ばれて、ライオンズの主将を2度務めた最初の選手になった。クラブはレスター・タイガース一筋。接点での圧力と存在感で、チーム全体の基準を引き上げるタイプのロックだった。
ブロディ・レタリック(ニュージーランド)
オールブラックス109キャップ。2014年にWorld Rugbyの年間最優秀選手を受賞した。2015年ワールドカップでは準決勝と決勝をフル出場して優勝。タックル、ボールを奪うプレー、長い腕を生かしたオフロードで、地上戦の概念を変えた。リーグワンではコベルコ神戸スティーラーズでプレーし、日本のファンにもなじみが深い。
エベン・エツベス(南アフリカ)
そして冒頭のエツベス。2024年9月28日のアルゼンチン戦で128キャップ目を迎え、マットフィールドの記録を抜いた。2015年ワールドカップでは、日本に32-34で敗れた試合に途中出場している。空中戦もこなすが、真骨頂は接点での圧力と、相手を下がらせるフィジカル。2015-16年には日本のNTTドコモでもプレーした。
空派は「ラインアウトを取れなければ、陣地を取ってもアタックが始まらない」。地上派は「ブレイクダウンとモールで相手を下がらせれば、そもそも空中戦に持ち込ませない」。イールズやマットフィールドを推すか、ジョンソンやエツベスを推すか。個人的には、4番に地上、5番に空というコンビが一番強いと思っている。
日本の2列目を支えた2人
日本のロックを語るなら、大野均とトンプソン ルーク。2人とも2007年、2011年、2015年のワールドカップで日本の2列目に立った。
大野均は日本代表98キャップ。JRFUの歴代キャップ数ランキングでいまも1位だ(2026年8月6日時点)。日本大学で野球からラグビーに転向し、2001年に東芝へ入った遅咲き。2004年の韓国戦で代表デビューし、2016年まで代表で戦い続けた。「鉄人」と呼ばれた理由は、ぶつかり続けて倒れない体と、それを毎試合くり返す愚直さにある。現役を退いたのは2020年だった。
- ポジション
- LO(ロック)
- 生年・出身
- 1978年・福島県郡山市
- 所属
- 東芝(2020年引退)
- 代表キャップ
- 98(JRFU公式・歴代1位)
出典:JRFU日本代表キャップ保持者一覧
トンプソン ルークはニュージーランドのクライストチャーチ生まれ。近鉄ライナーズでプレーし、日本代表71キャップ(JRFU公式、歴代8位)。2007年から2019年まで、ワールドカップ4大会に出場した。2019年日本大会で初のベスト8に進んだとき、2列目にいたのがこのベテランだった。泥くさい仕事をいとわない地上型のロックで、同じくニュージーランド出身のリーチ マイケルと並んで、多くのファンに愛された。
2026年、200cm超の2列目争い
いまの日本代表の2列目は、明らかに大型化している。
| 選手 | 所属(2026年) | 身長 | キャップ |
|---|---|---|---|
| ワーナー・ディアンズ | 東芝ブレイブルーパス東京 | 203cm | 35 |
| ジャック・コーネルセン | 埼玉パナソニックワイルドナイツ | 195cm | 32 |
| ハリー・ホッキングス | 東京サントリーサンゴリアス | 206cm | 2 |
| マイケル・ストーバーグ | 東芝ブレイブルーパス東京 | 202cm | 3 |
| ルアン・ボタ | クボタスピアーズ船橋・東京ベイ | 205cm | 0 |
※キャップ数はJRFU公式一覧(2026年8月6日時点。ボタはJ SPORTS名鑑の8月24日時点)。身長はJ SPORTS日本代表選手名鑑(ディアンズのみWikipedia英語版)。所属はJRFUのPNC2026登録メンバー表による。
軸はワーナー・ディアンズ。2002年生まれで、2021年11月13日のポルトガル戦で代表デビュー。2023年ワールドカップではプール戦全試合に出場した。2026年はスーパーラグビーのハリケーンズでプレーし、6月20日の決勝でチーフスを60-5で破って優勝を経験した。高さ、走力、ボールキャリー。空と地上の両方をこなせる、日本では珍しいタイプのロックだ。代表主将としての歩みはディアンズの記事で掘り下げる。
ジャック・コーネルセンは相手ボールのラインアウトをタイミングよく奪うのが持ち味で、2024年度のリーグワンでは全20試合にフル出場した。父のグレッグ・コーネルセンは元オーストラリア代表。大野のように“倒れない”タイプの系譜を今に引き継いでいる。206cmのホッキングスは2025年11月15日のウェールズ戦で初キャップ。ストーバーグは2026年6月に念願の代表入りを果たした。
ロックは身長で決まる?
表の5人の身長を平均すると、約202cm。数字だけ見ると「ロック=2メートルの世界」だ。ただ、コーネルセンは195cm。それでも代表の2列目に定着しているのは、相手ラインアウトを読む目とタックルの量があるからだ。大野均も、日本代表の2列目に立ち続けた理由は身長より“倒れない”ことにあった。高さはあくまで入口。その先で何をするかで、ロックの価値は決まる。
ブライトンの試合を思い出してほしい。日本は4番トンプソン、5番大野で先発し、後半に大野に代わって真壁伸弥が入った。相手の南アフリカは5番にマットフィールドが先発し、エツベスがベンチに控える世界屈指の2列目。その相手に、日本は最後まで接点で食い下がり、34-32で勝ち切った。身長差を運動量で埋める。日本のロックの伝統は、あの日すでに形になっていた。
9月のパシフィックネーションズカップでは、日本は決勝でフィジーを20-15で下して優勝した。この顔ぶれが1年後のワールドカップでどう組み合わされるか。2列目の組み合わせは、W杯に向けたメンバー予想でも一番悩ましいところだ。
ロックは、ボールを持つ時間が短い。それでも試合を通して一番多く体をぶつけているのは、たいていこの2人だ。空で取り、地上で押し、スクラムで8人をつなぐ。大野均が98キャップを積み上げたのは、目立たない仕事を毎試合くり返したからにほかならない。
参考:World Rugby 競技規則 第18条 ラインアウト/World Rugby 競技規則 第19条 スクラム/JRFU 15人制男子日本代表 チーム・選手/Planet Rugby「Most capped Springboks of all-time」/J SPORTS ジャック・コーネルセン 選手名鑑/JRFU PNC2026決勝 試合結果
