2026年7月4日、秩父宮。ネーションズチャンピオンシップ初戦で、日本代表の10番を背負ったのは明治大学4年生だった。伊藤龍之介、21歳。その日、日本はイタリアを27-10で破る。それから2か月半、大学生の司令塔はこの試合を含むテストマッチ8試合すべてに10番で先発し、パシフィックネーションズカップの決勝でも10番で先発してチームを優勝に導いた。7月1日のメンバー発表では「0キャップ」だった10番が、なぜここまで任されているのか。大学での配球とキック、そして大学生の代表入りの歴史から読み解く。
- 伊藤龍之介は2004年生まれ、神奈川県出身。國學院栃木高から明治大学へ進み、3年時の2026年1月に大学日本一を経験した
- 2026年7月4日のイタリア戦で初キャップ。PNC決勝までの8試合すべてに出場し、JRFUの発表をもとに数えると8キャップ(2026年9月19日時点)
- 武器はランとパスで仕掛けながら、キックパスで外を使える“両刀”。JAPAN XVのマオリ・オールブラックス戦では2本のキックパスでトライを演出した
- 大学生の日本代表は珍しくないが、学生の10番が先発で固定されるケースはそう多くない。卒業後の進路は、2026年9月時点で公式発表を確認できていない
Contents 目次
兄の背中を追って、紫紺の10番へ
伊藤は2004年11月20日生まれ、神奈川県出身。明治大学ラグビー部の公式プロフィールによれば、ラグビーを始めたきっかけは兄で、憧れの選手にもその兄・伊藤耕太郎の名前を挙げている。JRFUの記録では、出身チームは藤沢ラグビースクール。そこから栃木の國學院大學栃木高校へ進んだ。
日本語版Wikipediaによれば、國學院栃木では花園(全国高校大会)に3年連続で出場し、2年時には10番として栃木県勢初の決勝進出に導いた。高校日本代表でも司令塔を務めている。
- ポジション
- SO(10番)
- 生年・出身
- 2004年・神奈川県出身
- 所属
- 明治大学(商学部4年)
- 代表キャップ
- 8(2026年9月19日のPNC決勝終了時点。JRFU発表の7キャップ+決勝先発)
出典:日本ラグビーフットボール協会(JRFU)、明治大学ラグビー部公式
身長172cm、体重77kg。テストマッチの10番としては小柄だ。だからこそ、体で当たるより「当たる前に決める」タイプの司令塔に育ったとも言える。
3年時に大学日本一
明治では3年時の2025年度シーズンに頂点に立った。2026年1月11日、国立競技場での第62回全国大学選手権決勝。明治は早稲田を22-10で下し、大学日本一に輝いた。JRFUの試合記録では、伊藤は10番で先発している。
明治大学ラグビー部の選手紹介で、本人が書いた2026年シーズンの目標は「選手権優勝」。座右の銘は「全部自分次第」。4年生になったいまも、その目標は変わっていないはずだ。ただし今年の夏は、大学の芝ではなく、テストマッチのピッチに立っていた。
マオリ戦の2本のキックパス
代表首脳陣の目を釘付けにしたのは、6月27日のJAPAN XV対マオリ・オールブラックス戦だった。ラグビーリパブリックは、この試合で伊藤が「鮮烈な印象」を残したと書いている。
JRFUの公式チャンネルには、その中身が残っている。前半7分、伊藤のキックパスから植田和磨のトライで先制。前半39分にも、またもキックパスからイノケ・ブルアのトライが生まれた。
キックパスとは、パスの代わりにボールを蹴って、外側の味方に直接取らせるプレーのこと。ディフェンスが内側に寄っている瞬間を見抜き、ボールを浮かせる距離と高さを一発で合わせる必要がある。蹴り方の基本はキックの種類と蹴り方で詳しく書いた。
伊藤の配球、観戦で見たい3つのポイント
明治大学の公式プロフィールで、伊藤が自分の特徴として挙げているのは「ラン、パス」。キックパスの印象が強いが、本人の自己認識はあくまで“走って放る10番”だ。スタジアムやテレビで伊藤を追うなら、次の3つを見ておくと面白い。
- ボールをもらう位置の深さゲインライン(攻防の境目)に近い浅い位置で受けるほど、ディフェンスは考える時間を奪われる。その代わりミスも増える。伊藤が浅く立つ場面は、仕掛けるサインだと思っていい。
- パスの前の「一歩」パスを放る前に、自分で1歩ディフェンスに向かって踏み込むかどうか。踏み込めば相手の内側の防御が引きつけられ、外の12番・13番にスペースが生まれる。
- キックに切り替える瞬間外側のディフェンスが前に詰めてきたら、その背後が空く。キックパスやグラバー(転がすキック)に切り替えるのはそのタイミングだ。蹴る前に一度外を見るクセがあるかどうかも注目点。
SH(9番)の齋藤直人とのハーフ団では、9番が素早く球を出し、10番が一瞬で判断する形が基本になる。テンポが上がるほど、10番の判断の速さがそのままチームの速さになる。
初キャップはイタリア戦勝利、でも本人は「足りない」
7月4日の初キャップは最高の結果に見えた。ラグビーリパブリックによれば、伊藤はSOで先発して巧みにキックを操り、戦前の世界ランキングで10位だったイタリアを27-10で下した。
ただ、続くアイルランド戦は20-36、フランス戦は15-42で敗れる。本人の受け止めは厳しかった。
思うような結果が出せなかったし、いまは日本代表の10番としてやっていけるレベルではないと実感しました。— 伊藤龍之介(ラグビーリパブリック、2026年7月30日)
同じ記事で、伊藤は7月のアタックを「少し消極的になっていました」と振り返り、もっと前を見て仕掛けることを目標に挙げている。大学ならスペースを見てから走る余裕があるが、テストマッチでは少し迷うだけで隙間が埋まる。そのズレをどう縮めるか。網走合宿のテーマはそこだった。
8月、オーストラリア戦で“仕掛ける10番”へ
答えは8月8日、花園のオーストラリア戦で出た。JRFUの試合記録によれば、前半12分、日本の先制トライを挙げたのは10番の伊藤自身。試合は32-35で落としたが、7月に「消極的だった」と語った司令塔が、自分でゴールラインを越えた。
9月にはさらにはっきりした。PNC準決勝のアメリカ戦(63-14)の後半2分、伊藤の突破からディラン・ライリーがトライ。自分で仕掛けてディフェンスを引きつけ、外の13番を生かす。これが本来の伊藤の形だ。ライリーについてはディラン・ライリーの記事で書いた。
| 日付 | 相手 | スコア | 伊藤 |
|---|---|---|---|
| 7月4日 | イタリア | 27-10 ○ | 10番先発(初キャップ) |
| 7月11日 | アイルランド | 20-36 ● | 10番先発 |
| 7月18日 | フランス | 15-42 ● | 10番先発 |
| 8月8日 | オーストラリア | 32-35 ● | 10番先発、1トライ |
| 8月15日 | オーストラリア | 17-56 ● | 10番先発 |
| 9月5日 | カナダ | 57-12 ○ | 10番先発 |
| 9月12日 | アメリカ(PNC準決勝) | 63-14 ○ | 10番先発 |
| 9月19日 | フィジー(PNC決勝) | 20-15 ○ | 10番先発 |
JRFUの試合記録を見ると、伊藤は7月の3試合、8月のオーストラリア2連戦、9月の3試合と、8試合すべてで10番を背負って先発している。キャップ数も8月6日時点で3、カナダ戦の登録時点で5と、数字の上でも合う。
大学生の日本代表は“珍しくない”。でも10番は別
大学生が日本代表のキャップを得ること自体は、歴史上いくつも例がある。JRFUの歴代キャップ保持者一覧で「キャップ取得時の所属」に大学名が入っている選手を見ると、リーチ マイケル(東海大)、藤田慶和(早大)、福岡堅樹(筑波大)、中村亮土(帝京大)、松田力也(帝京大)といった名前が並ぶ。最近では矢崎由高(早稲田大学)、そして今年の伊藤と大塚壮二郎(関西学院大学)だ。
ただ、FWの第3列やBKのバックスリーと、10番とでは意味が違う。10番はサインを出し、エリアを選び、キックで陣地を決めるポジションだ。年上ばかりのチームで「こっちへ行け」と言わなければならない。伊藤自身も7月の取材で、大学生で若手でも10番は周りを動かさないといけない、と話している。
Q12026年のPNC決勝で先発した日本代表のうち、大学生は何人いた?答えを見る
答えは2人。1番PRの大塚壮二郎(関西学院大学)と、10番SOの伊藤龍之介(明治大学)。JRFUの試合登録メンバー発表で確認できる。フロントローと司令塔という、経験がものを言うポジションに学生が並んだ。
W杯まで1年。経験のある選手を10番に戻すべきか、伸び盛りの学生に任せ続けるべきか。7月の完敗も、8月以降の手応えも、どちらの主張の材料にもなる。伊藤には「FBもできる」上ノ坊駿介(コベルコ神戸スティーラーズ、天理大学前主将)という競争相手もいる。ラグビーリパブリックによれば、2人は網走合宿で同部屋だった。
卒業後はどこへ行くのか
気になるのは進路だ。伊藤は4年生で、7月末のオフには商学部の試験を受けていたという(ラグビーリパブリック)。一方で、2026年9月時点で、卒業後の所属チームについてJRFUやリーグワン、明治大学から出た公式発表は確認できなかった。ここは推測で書かない。正式に決まれば、この記事も更新する。
日本代表の予定を見ると、10月24日には秩父宮でフィジーとのテストマッチが組まれ、11月には欧州遠征が控える。本人が掲げた「選手権優勝」という大学での目標と、代表の10番争い。大学とテストマッチを行き来するシーズンは、まだ終わらない。
10番というポジションの奥深さはスタンドオフ(SO)の特徴と世界・日本の伝説の10番で、ハーフ団(9番と10番のコンビ)を組む齋藤直人については齋藤直人の記事で書いている。
0キャップから始まった夏は、8キャップとPNCのタイトルで終わった。大学4年の秋、伊藤龍之介は日本代表の10番候補として、はっきり名前が挙がる存在になっている。
参考:ラグビーリパブリック(2026年7月30日)/ラグビーリパブリック(2026年7月1日)/JRFU PNC2026決勝 試合登録メンバー/JRFU 8月8日オーストラリア戦 試合記録/JRFU 第62回全国大学選手権決勝 試合記録/明治大学ラグビー部 伊藤龍之介
