トライが決まった。歓声が上がる。でもレフリーは両手の人さし指で空中に四角を描く。テレビ画面の形だ。大型ビジョンにリプレーが流れ、スタジアムが静まり返る。TMO(テレビジョン・マッチ・オフィシャル)の出番だ。ところがこのTMO、何でもさかのぼって見直せるわけではない。トライ前の3つ目のラックより前は、原則として見られない。そんな「できること・できないこと」を、2026年7月施行の最新プロトコルで整理する。
- TMOが担当するのは大きく「重大なファウルプレー」と「トライの判定」の2領域。基準は「クリア・アンド・オビアス(明白で、試合への影響がわかりやすい)」
- トライ前にさかのぼれるのは原則「2フェーズ」まで。ラックかモールが2回起きた範囲で、3回目より前は見られない
- ノックオン、スローフォワード、タッチ、危険なプレーは例外。直近の攻撃の流れ(最後のターンオーバー以降)までさかのぼれる
- “バンカー”はファウルプレーのカードだけを別室で最大8分検証する仕組みで、TMOとは役割が違う
Contents 目次
TMOは「4人目の審判」
ラグビーのマッチオフィシャルは、ピッチ上のレフリーと両サイドのアシスタントレフリー、そして映像を見るTMOの4人で動くのが基本だ。現場では「チーム・オブ・フォー」と呼ばれる。
TMOの権限は競技規則6条15項に書かれている。大会の主催者はTMOを置くことができ、TMOは映像などの技術を使って、次のような場面をはっきりさせる。
- インゴールでのボールのグラウンディング(地面につけたかどうか)
- グラウンディングの際にタッチやタッチインゴールに出ていないか
- ゴールキックが決まったかどうかに疑いがあるとき
- トライにつながった、またはトライを防いだ反則があったかもしれないとき
- ファウルプレー(カードの判断を含む)
6条16項では、TMOを含むどのマッチオフィシャルも映像検証を勧めることができ、細かい手順は別に定める「TMOプロトコル」に従う、とされている。2026年6月17日のWorld Rugby理事会では、このTMOの役割を試験ルールから正式な競技規則に移すことが決まり、7月1日から効力を持った。
ここで押さえたいのは、プロトコルの冒頭に書かれた考え方だ。2025年版では、TMOは現場の審判団がより正確に判定するのを助けるためにいるのであって、「TMOが判定を主導するためではない」と明記されていた。主役はあくまでレフリー。これが大前提になる。
基準は「クリア・アンド・オビアス」
2026年7月施行のTMOプロトコルは、TMOの主な目的を「重大なファウルプレーとトライの場面で、明白な反則について正確な判定をすること」と定めている。そのうえで2つの言葉を定義している。
クリア(明白)は、リプレーを見ればすぐに、簡単にわかる反則であること。オビアス(明らか)は、その反則が試合にどう影響したかがわかりやすいこと。何回もスロー再生して、ようやく「触れてるかも」と見えるものは、この基準に当てはまらない。
観戦していて「今のは映像で見れば反則だったのに、なぜ流した?」と思う場面がある。多くの場合、答えはここにある。TMOは細かい反則を探す係ではない。
さかのぼれるのは「2フェーズ」まで
トライの判定で最もよく問題になるのが「どこまでさかのぼれるか」だ。2026年版プロトコルは、トライの場面を次のように分けている。
得点そのもの、オブストラクション(相手の進路妨害)、オフサイド、タックルが成立したかどうか、モールの形成、クイックスロー、ペナルティやフリーキックの蹴り方、インゴール。これらはトライ前の直近「2フェーズ」までが検証の範囲だ。ただし、最後のリスタート(試合の再開)より前には戻らない。
プロトコルの注釈はさらに具体的だ。「2フェーズとは、ラックかモールが2回だけ起きたことを意味する。3回目のラックかモールより前は検証できない」。スクラムやラインアウトからのアタックで、ラックを3回重ねてからトライした場合、最初のラックより前にあったオフサイドは、原則として映像では取り消せない。
| 検証の対象 | さかのぼれる範囲 |
|---|---|
| 重大なファウルプレー(危険なプレー、故意の反則、不正行為) | 最後のリスタート以降(PK・FKからのタッチキック、クイックタップ、クイックスローは除く) |
| 得点、オブストラクション、オフサイド、タックル成立、モール形成、クイックスロー、PK・FKの蹴り方、インゴール | トライ前の直近2フェーズまで(最後のリスタートより前には戻らない) |
| ノックオン、スローフォワード、タッチ、危険なプレー | 直近2フェーズ、または最後の攻撃の流れの、長いほう(最後のリスタートより前には戻らない) |
3行目が例外だ。ノックオンやスローフォワード(前へのパス)、タッチに出たかどうかは、「アタッキング・パッセージ」=最後に攻守が入れ替わってからの一連のアタック全体までさかのぼれる。ラックを5回重ねたトライでも、その流れの最初にノックオンがあれば取り消せる、ということだ。
Q1スクラムから攻め始めたチームが、ラックを4回重ねてトライ。映像を見ると、1回目のラックの前にノックオンがあった。途中で攻守の入れ替わりはない。このトライは取り消せる?答えを見る
答えは「取り消せる」。ノックオンは、直近2フェーズか、最後の攻撃の流れのうち長いほうまでさかのぼれる。ターンオーバーがなければ、スクラムから始まった攻撃全体が検証の範囲に入る。ただし同じ場面でも、1回目のラックの前にあった「オフサイド」なら、2フェーズより前なので原則として検証できない。反則の種類で範囲が変わるのがポイントだ。
止めずに伝える「ライブコール」
TMOの仕事は、試合を止めて映像を見るだけではない。2026年版プロトコルには「ライブコール」という仕組みがある。アシスタントレフリーが旗を上げるのと同じ感覚で、TMOがプレー中にレフリーへ無線で伝えるものだ。
対象は、危険なプレー、ノックオン、スローフォワード、タッチの4つ。反則がプレー中に起きたその場か、中継映像やTMO用の映像でリプレーを1回見て確認できた時点で、すぐに伝える。
ボールがアウトオブプレーの間には、再開の仕方についても口を出せる。スクラムやラインアウトの投入権がどちらのチームか、スクラムやラインアウト、PK、FKの位置がどこか、タッチやインゴールでの再開方法は何か。こうした情報をTMOがすぐに伝えられる。テレビの前で「今のマイボールじゃない?」と叫んだ場面が、実は無線一本で直っていることもある。
TMOと“バンカー”は別物だ
ここで混同しやすいのが“バンカー”だ。正式にはファウルプレー・レビュー・オフィサー(FPRO)による検証を指す。World Rugbyの手順では、レフリーとTMOが大型ビジョンのリプレーを2回見て、「少なくともイエロー、でもレッドかどうか決め切れない」という時に使われる。
その場合、レフリーはイエローを出して両腕をクロスする。選手はシンビン(一時退出)の10分に入り、試合は再開。別室のFPROが、あらゆる映像を使って最大8分で結論を出す。Planet Rugbyの2023年の解説によれば、FPROは付託された場面だけを見る。TMOのように、ほかの反則を自分から指摘することはしない。
| TMO | バンカー(FPRO) | |
|---|---|---|
| 担当 | トライの判定と重大なファウルプレーの検証、ライブコール、再開の助言 | 付託されたファウルプレーの「イエローかレッドか」だけ |
| 試合は止まる? | 正式な検証中は止まる | 止まらない(選手はシンビン中) |
| 時間 | 定めなし | 最大8分 |
| 結論 | レフリーに助言し、レフリーが判定 | イエロー維持か、20分レッドへの格上げかを伝える |
この仕組みは2023年のW杯フランス大会の前に、スーパーラグビー・パシフィック、U20チャンピオンシップ、ザ・ラグビーチャンピオンシップなどで試されてきた。今は、2026年7月から正式な競技規則になった20分レッドカードとセットで動いている。格上げの流れは20分レッドカードの解説で時系列にまとめた。
リーグワンでは、同じ仕組みを「オフ・フィールド・レビュー」、担当者を「ファール・プレー・レビュー・オフィサー」と呼んでいる。国内の試合中継で聞く言葉と、海外の中継で聞く“バンカー”は、ほぼ同じものを指していると考えてよい。
「TMOが長い」問題、どう考える?
ファンのあいだで一番多い不満は、たぶんこれだ。トライのたびに止まる。リプレーが何度も流れる。そのたびに試合の熱が冷める。
この問題には、大会ごとに工夫が重ねられている。2024年6月、World Rugbyは一部の国際大会でTMOプロトコルの試験運用を発表し、トライ前の最後の攻撃の流れでも明白な反則を指摘できるようにした。一方で、南半球のスーパーラグビー・パシフィックは2026年シーズンの運用として、TMOが自分から入るのは重大なファウルプレー(イエロー以上)か、トライにつながった明白な反則に限る、と打ち出している(rugby.com.au、2026年2月1日)。
もっと使うべき派の言い分。W杯の決勝や残留を懸けた試合で、誤審で勝敗が決まったら誰も救われない。映像があるなら使えばいい。頭部への危険なプレーを見逃さないためにも必要だ。
止まりすぎ派の反論。ラグビーは流れのスポーツで、止まるたびに体が冷え、観客も冷める。ミスも含めてレフリーに任せる文化があったはずだ。TMOは本当に明白なものだけに絞るべきだ。
個人的には「止まりすぎ派」寄りだが、危険なプレーの検証だけは別だと思っている。首と頭のケガは、試合の勝ち負けより重い。そこは時間をかけていい。一方で、トライ前の細かいオフサイド探しは「2フェーズ」の枠で割り切る。今のプロトコルは、この両立を狙った作りに見える。
観戦で使えるチェックリスト
最後に、TMOの場面でスタンドから見るべきポイントを並べておく。
- レフリーが四角を描いたか:人さし指でテレビ画面の形を描いたら、正式な映像検証の合図
- 何の反則を見ているか:ノックオン系なら攻撃の流れ全体、オフサイド系なら直近2フェーズまで
- 腕のクロスがあったか:イエローのあとに腕をクロスしたら、バンカー行き。判定は最大8分以内
アドバンテージ中にトライが生まれた場面で、TMOがどう絡むかはアドバンテージの解説で扱う。反則の基本はルール初心者ガイド、腕試しはラグビールールクイズ20問でどうぞ。
TMOは万能の審判ではない。見られる範囲と基準がはっきり決まった「道具」だ。その枠を知っておくと、ビジョンの前で待つ時間が、判定を予想する時間に変わる。
参考:World Rugby TMO Protocol(2026年7月施行、PDF)/World Rugby 競技規則 第6条/World Rugby Passport「2026-07 Law updates」/World Rugby Passport「Foul Play Review Process」/Planet Rugby(2023年8月22日)/rugby.com.au(2026年2月1日)
