ラグビーの防具の中で、いちばん小さくて、いちばん忘れられやすいのがマウスピース(マウスガード)だ。でも日本の高校ラグビーでは、20年近く前から試合での装着が義務になっている。そして今、トップレベルではセンサー入りの「スマートマウスガード」が頭部への衝撃を測り、ピッチ脇の医師にアラートを飛ばしている。市販品でいいのか、歯医者で作るべきか。選手目線で整理する。
- 高校生の試合では2006年度から装着義務。中学生(U15)も義務で、歯科での作製が推奨されている
- 市販品は手軽だが、フィット感とかみ合わせの安定では歯科オーダーが上
- 歯科オーダーは保険適用外。日本歯科医師会は5,000〜20,000円程度を目安として示している
- トップレベルではセンサー入りマウスガードがHIA(頭部外傷評価)に組み込まれている
Contents 目次
マウスピースは“義務”の防具
ヘッドキャップが任意の年代でも、マウスピースは話が違う。
日本ラグビーフットボール協会は2006年3月30日付の通達で、平成18年度(2006年度)から高等学校の試合でのマウスガード装着を義務化した。さらに「U-15ジュニアラグビー競技ガイド」(2019年7月改定)でも、中学生のマウスガード装着は義務とされ、「原則として専門の歯科医等で作製することを推奨する」と書かれている。色にも決まりがあり、白・乳白色・透明・黒・濃紺などとし、口の中の出血と見間違えるような色や派手な色は禁止だ。
世界的にも流れは同じ。ワールドラグビーは2023年10月に発表した選手の安全対策で、すべてのレベルでマウスガードの使用を推奨している。競技規則の第4条でも、マウスガードは「着用が認められる追加の用品」に含まれている。
マウスピースは何を守っているのか
まずは歯。タックルで相手の頭やひじが口に入る、ボールキャリアとして当たった瞬間に歯を食いしばる、密集で顔を踏まれる。歯が欠けたり折れたりするリスクは、ラグビーではいつでもある。
次に、唇や口の中の粘膜。歯と歯の間に挟まれて切れるのを防ぐ。そしてあご。下あごへの衝撃を分散させる役目もある。
ここで大事なのは、マウスピースで脳震盪を防げるかどうかは、はっきりしていないという点。ワールドラグビーは、アイスホッケーの研究で脳震盪のリスクが2割下がったという結果を推奨の理由に挙げているが、ラグビーで確かめられたわけではない。「マウスピースをしているから頭は大丈夫」と考えるのは危ない。ヘッドキャップの効果と限界についてはヘッドキャップは必要かの記事で詳しく書いたが、頭を守る基本はあくまで正しい姿勢とプレーだ。
市販(お湯で成形)vs歯科オーダー
選択肢は大きく2つ。スポーツ店で買える市販品と、歯科医院で型を取って作るカスタムメイドだ。
| 比較ポイント | 市販品(お湯で成形するタイプ) | 歯科オーダー(カスタムメイド) |
|---|---|---|
| 費用の目安 | 日本歯科医師会の目安で1,000〜5,000円程度 | 日本歯科医師会の目安で5,000〜20,000円程度(保険適用外) |
| 手に入るまで | その日のうちに使える | 型取りから完成まで通院が必要 |
| フィット感 | 自分でお湯で柔らかくして噛んで成形。個人差が出やすい | 歯型に合わせて作るので、ぴったり合いやすい |
| しゃべりやすさ・呼吸 | 厚みがあり、話しにくく感じる人も | 厚みや形を調整でき、声を出しやすい |
| 作り直し | 合わなくなったら買い替え | 成長や歯の変化に合わせて作り直し・調整 |
日本歯科医師会の「テーマパーク8020」では、市販品について「大多数のスポーツ選手が装着感に不満を覚える」という趣旨の説明があり、カスタムメイドはフィット感、快適性、かみ合わせの安定性で優れるとしている。
費用の幅は医院や素材(1層か2層か、など)で変わる。上の数字はあくまで日本歯科医師会が示す目安で、実際にはそれより高い価格を設定している医院もある。作る前に、何回通う必要があるか、調整や作り直しはどうなるかを確認しておくと安心だ。
市販派の言い分は「なくしても痛くない」「すぐ手に入る」「成長期はどうせすぐ合わなくなる」。歯科オーダー派は「試合中にずれない」「コールやサインが通る」「かみしめたときの安定感が違う」。どちらにも理がある。ひとつ言えるのは、合っていないマウスピースは、口の中でずれて結局外したくなる、ということ。外していては意味がない。
歯科で作るときの流れ
歯科オーダーは、ざっくり言うと「型を取る」「作る」「合わせる」の3段階。まず歯科医院で歯の型を取り、その型をもとに歯科技工所などでマウスガードが作られる。完成したら医院で実際に口に入れて、当たりが強いところやかみ合わせを調整して仕上げる。医院によって通院回数や期間は違うので、シーズン開幕や大会の直前ではなく、余裕をもって相談するのがコツだ。
相談するときは「ラグビーで使う」と伝え、ポジションも言っておくといい。FWはスクラムや密集で強くかみしめる場面が多く、BKは走りながら声を出し、呼吸を確保したい。どんな場面で使うかがわかると、厚みや形の相談がしやすくなる。スポーツ用のマウスガードに詳しい歯科医院を選ぶのも一つの手だ。
歯の矯正中の人や、虫歯の治療中の人は、市販品を自己判断で使う前に、かかりつけの歯科医に相談しておきたい。口の中の状態によって、合うマウスガードは変わる。
お湯で成形するタイプを使うなら
市販品を選ぶなら、成形の手順が勝負。
- 説明書を読むお湯の温度、浸ける時間は製品ごとに違う。熱すぎるお湯で変形させたり、口の中をやけどしたりしないよう、必ず指示に従う。
- 鏡の前で位置を合わせる上の歯の中心とマウスピースの中心を合わせてから、しっかり噛む。舌で内側から押し、指で外側から押して歯に沿わせる。
- 冷水で固める形が決まったら、冷水で冷やして固める。
- 練習で試すいきなり試合で使わない。走る、声を出す、水を飲む、を練習中に試して、違和感があれば成形し直す(やり直しができるかどうかは製品による)。
成長期の中高生は、歯並びやあごの形が変わっていく。日本歯科医師会も、成長に合わせた調整や、合わなくなったら買い替えが必要になる点に触れている。「去年のがまだ使える」と思っても、きつい・ゆるいと感じたら見直しのサインだ。
トップレベルは“センサー入り”の時代へ
ここからは少し未来の話。いや、もう現在の話だ。
ワールドラグビーは2023年10月9日、センサーを内蔵した「スマートマウスガード」(instrumented mouthguard、iMG)をHIA(頭部外傷評価。頭を打った疑いのある選手を一時的に下げて医師がチェックする仕組み)に組み込むと発表した。女子の国際大会WXV(2023年10〜11月)で導入し、2024年1月からエリートレベルのHIAに正式に組み込む流れだ。
仕組みはこう。マウスピースの中のセンサーが、頭の直線方向・回転方向の加速度を測る。一定の値を超える衝撃があると、ピッチ脇の独立したドクターにリアルタイムで通知が届く。カメラに映らない衝撃や、本人に自覚症状がない場合でも、HIAにつなげられるのが狙いだ。
日本でも導入が進んだ。リーグワンは2024年12月20日に、2024-25シーズンのディビジョン1・2のリーグ戦とプレーオフで、HIAプロトコルにスマートマウスガードを導入すると発表(12月21日から)。リーグワンは、既存のHIAに置き換わるものではなく、追加の安全策だと位置づけている。ラグビーリパブリックによると、2025年1月の時点で公表されたデータでは、24試合で19回のアラートがあったという。
さらに2025年の女子ラグビーワールドカップでは、大きな衝撃を感知すると赤く光るLED付きのマウスガードを導入することが、大会前に報じられていた。光ることで、レフリーやスタンドからも「今の衝撃は大きかった」とわかる仕組みだ。
Q1スマートマウスガードが測っているものは何?答えを見る
答えは「頭の加速度」。直線方向と回転方向の加速度をセンサーで測り、一定の値を超えるとピッチ脇の医師に通知が届く。脳震盪を「防ぐ」道具ではなく、見逃さないための道具だ。
アマチュアの選手がすぐ使うものではないが、「頭への衝撃を数字で管理する」という考え方は、これから下の世代にも広がっていくはずだ。
長持ちさせる手入れと“なくさない”工夫
マウスピースは口に入れるもの。手入れは歯ブラシと同じくらい丁寧に。
- 使ったら水で洗う。熱湯は変形の原因になるので使わない
- ケースに入れて持ち運ぶ。ポケットやバッグに裸で入れるとなくすし、汚れる
- 車の中など、高温になる場所に置きっぱなしにしない
- 噛み跡で穴が開いた、薄くなった、と感じたら交換
中学生・高校生は、色のルールも忘れずに。先に書いたとおり、U15の競技ガイドでは、口の中や唇の出血と見間違えるような色や派手な色は禁止されている。赤やピンク、蛍光色のマウスピースを通販で見つけて「かっこいい」と思っても、試合で使えなければ意味がない。買う前に、所属チームや大会の規定を確認しておこう。大人になってからは選べる色の幅が広がるが、「相手や審判から見て紛らわしくないか」という視点は持っておきたい。
マウスピースが見当たらず、試合前にロッカールームを探し回る――ラグビーをやっていた人なら一度は見た光景だろう。予備を1つ持っておくと、当日の焦りがひとつ減る。
装備をひと通り見直すなら、足もとはFWとBKのスパイクの違い、プレーの基本はタックルのコツもあわせてどうぞ。
小さなマウスピース1枚で、歯も、唇も、あごも守られる。市販品か歯科オーダーかは、予算と年代とこだわりで選べばいい。ただ、どちらを選んでも「合っていること」と「練習から着けていること」が条件だ。トップ選手の口の中にはセンサーまで入る時代。まずは自分の1枚を、ちゃんと合わせるところから始めよう。
参考:日本協会 高等学校の試合におけるマウス・ガード装着の義務化について/日本協会 U-15ジュニアラグビー競技ガイド/日本歯科医師会 テーマパーク8020 スポーツと歯科/World Rugby スマートマウスガードのHIA導入発表/リーグワン HIAプロトコルへのスマートマウスガード導入/ラグビーリパブリック スマートマウスガードの計測データ
