2025年5月25日、秩父宮。リーグワンのプレーオフ準決勝で、1点を追う後半26分にピッチへ送り出された22歳のフッカーは、ラインアウトでノットストレートを取られ、スクラムでは何度も押し込まれた。ラグビーリパブリックは、その日の佐藤健次が大粒の涙をこぼしたと書いている。それから1年4か月。2026年9月19日、パシフィックネーションズカップ決勝のフィジー戦で、佐藤は後半31分から日本代表の2番を背負ってピッチに立ち、優勝の瞬間を迎えた。No.8からの転向組が、なぜ代表の2番争いに食い込めたのか。
- 佐藤健次は2003年生まれ、神奈川県出身。桐蔭学園高ではNo.8、早稲田大学2年時にフッカー(HO)へ転向し、4年時は主将を務めた
- 2025年1月にアーリーエントリーで埼玉パナソニックワイルドナイツへ。JRFUの発表をもとに数えると、日本代表キャップは12(2026年9月19日時点)
- No.8出身らしいボールキャリーと運動量が武器。課題だったラインアウトスローとスクラムは、プロ1年目の悔しさから作り直している最中
- 2番の序列はいま原田衛が先頭。桐蔭学園の先輩・後輩でもある2人の争いが、W杯2027の見どころの一つになる
Contents 目次
高崎で始めて、横浜で育った
JRFUの選手プロフィールによれば、佐藤の競技歴は群馬の高崎ラグビークラブ(5歳)から始まる。中学時代は横浜ラグビースクール、そこから桐蔭学園高校、早稲田大学、埼玉パナソニックワイルドナイツと続く。出身は神奈川県だ。
日本語版Wikipediaによれば、桐蔭学園では入学後にNo.8となり、3年時は主将として花園(全国高校大会)の連覇に貢献した。U17日本代表でも主将を務めている。「前に出るNo.8」として名前が知られた選手だった。
- ポジション
- HO(2番)
- 生年・出身
- 2003年・神奈川県出身
- 所属
- 埼玉パナソニックワイルドナイツ
- 代表キャップ
- 12(2026年9月19日のPNC決勝終了時点。JRFU発表の11キャップ+決勝の途中出場)
出典:日本ラグビーフットボール協会(JRFU)選手プロフィール・試合記録
No.8からフッカーへ。転向は「早大2年」
転機は早稲田大学2年時。ラグビーリパブリックの記事によれば、佐藤はこのときNo.8からフッカーへコンバートしている。日本語版Wikipediaは、その理由を日本代表を目指すためと記している。
身長177cm。国際舞台のNo.8としては大きくない。一方、フッカーなら177cmでも十分に戦える。高校で鍛えたボールキャリーと走力をそのまま生かしつつ、世界と戦えるポジションへ移った、という判断だ。
転向で増えた「2つの宿題」
ただし、フッカーはNo.8とはまったく別の専門職だ。増えた宿題は大きく2つある。
- ラインアウトのスローフッカーは、タッチラインから味方のジャンパーへボールを投げ入れる役を担う。まっすぐ投げなければノットストレートの反則。風、距離、ジャンパーの跳ぶタイミングを毎回合わせる必要がある。
- スクラムの真ん中フッカーはスクラム最前列の中央に入り、両側のプロップに挟まれながら足でボールをかき出す。首と背中で相手の圧力を受け止める、体の使い方がまったく違うポジションだ。
ラインアウトスローのコツはラインアウトスローの投げ方と練習法、スクラムの基本はスクラムの組み方で詳しく書いた。どちらも一朝一夕では身につかない技術で、転向組が一番苦労するところでもある。
逆に「持ち込めた武器」もある
宿題ばかりではない。No.8出身のフッカーには、生え抜きのフッカーにはない強みがある。一つはボールを持ったときの前への推進力。ラックの近くでボールを受け、1人目のタックルを外して前に出る動きは、No.8で毎試合やってきたことだ。もう一つはフィールドでの運動量。スクラムとラインアウトの合間に、どれだけ次の接点へ走れるか。現代のフッカーは“第4のバックロー”とも言われるほど、セットプレー以外の仕事量が求められている。
そしてモール。ラインアウトから組むモールの最後尾でボールを持ち、最後に自分で持ち出してトライを取るのは、いまやフッカーの得点パターンの定番になっている。No.8時代に鍛えた低い姿勢でのキャリーが、そのまま生きる場面だ。
早稲田の主将、あと一歩届かなかった日本一
4年時の2024年度、佐藤は早稲田大学ラグビー蹴球部の主将を務めた。ラグビーリパブリックによれば、関東大学対抗戦Aグループでは6年ぶりの優勝。しかし全国大学選手権は、2025年1月13日の決勝(秩父宮)で帝京大学に15-33で敗れ、日本一には届かなかった。
この年、佐藤は大学生のままJAPAN XV(日本代表に次ぐ第2の代表チーム)に選ばれ、マオリ・オールブラックス戦でトライを挙げている。JRFUの公式チャンネルは、この場面を「歴史的勝利を決定づけた」トライとして紹介している。
プロの壁と、代表への階段
プロ1年目、泣いた準決勝
大学選手権の決勝から間もない2025年1月、佐藤はアーリーエントリーで埼玉パナソニックワイルドナイツに加わった。日本語版Wikipediaによれば、リーグワンデビューは2月9日の東芝ブレイブルーパス東京戦。
そして冒頭のプレーオフ準決勝。5月25日のクボタスピアーズ船橋・東京ベイ戦で、24-25の後半26分から出場したが、ラインアウトではノットストレート、スクラムでも押し込まれた。6日後の3位決定戦(コベルコ神戸スティーラーズ戦)には先発し、43分間プレー。3位決定戦に向けた練習では、元日本代表フッカーの堀江翔太氏から「レッスン」を受けていたという。チームは17-22で敗れ、4位でシーズンを終えた。
いろんなことを経験して、いろんなレベルアップができて、メンタル的にも技術的にも、一気に成長できた1年半でした。— 佐藤健次(ラグビーリパブリック、2025年6月1日)
悔しさの中身ははっきりしていた。スローとスクラム。つまり、転向で抱えた2つの宿題そのものだ。
2025-26シーズンと、日本代表での足跡
2年目の2025-26シーズン、ワイルドナイツ公式サイトの成績では14試合に出場して1トライ。チームはリーグワンD1を3位で終えた。リーグワン公式チャンネルには、モールの最後尾から自ら持ち出してトライを奪った場面が残っている。No.8時代の突進力は、フッカーになっても消えていない。
日本代表では、日本語版Wikipediaによれば2025年7月12日のウェールズ戦(神戸)で途中出場し、初キャップを得た。2026年はJRFUの発表と試合記録から、次のように追える。
| 時点 | キャップ数 | 出典・根拠 |
|---|---|---|
| 2026年7月1日(NC登録時) | 9 | ラグビーリパブリックのメンバー一覧 |
| 2026年8月6日 | 10 | JRFU歴代キャップ保持者一覧 |
| 9月5日 カナダ戦(57-12) | 11 | JRFU試合記録で後半8分から出場 |
| 9月19日 PNC決勝(20-15) | 12 | JRFU試合記録で後半31分から出場 |
9月12日のPNC準決勝アメリカ戦は、9月10日の登録メンバー発表では16番に名前があったが、JRFUの試合記録では16番は平野叶翔に代わっていて、佐藤の出場はなかった。いまの佐藤は、代表では“控えの2番の一人”という立ち位置。覚醒の途中、と言ったほうが正確だろう。
原田衛との2番争い。先頭はまだ先輩
ここで比べたいのが原田衛(東芝ブレイブルーパス東京)だ。JRFUのプロフィールでは、原田は桐蔭学園の中学・高校から慶應義塾大学へ進んでいる。つまり2人は桐蔭学園の先輩と後輩にあたる。
原田は2026年6月27日のマオリ・オールブラックス戦でJAPAN XVのゲームキャプテンを務め、9月のカナダ戦、アメリカ戦、PNC決勝と2番で先発を続けた。JRFUの試合記録では、カナダ戦で2トライ、アメリカ戦で1トライ、PNC決勝でも前半22分にトライを挙げている。決勝で後半31分に原田と交代で入ったのが佐藤だった。
| 原田衛 | 佐藤健次 | |
|---|---|---|
| 生年 | 1999 | 2003 |
| 身長/体重(JRFU) | 175cm/101kg | 177cm/108kg |
| 高校 | 桐蔭学園 | 桐蔭学園 |
| 大学 | 慶應義塾大学 | 早稲田大学 |
| キャップ(2026年9月19日時点) | 19 | 12 |
原田のキャップ数も、JRFUの決勝メンバー発表(18)に決勝の先発を加えた数だ。原田については原田衛の記事で詳しく書いている。
原田はテストマッチでの経験と、2026年秋に見せた決定力がある。佐藤は4歳近く若く、JRFU登録の体重は7kg重い。No.8出身のボールキャリーは、試合終盤に入ってくる控えのフッカーとしても大きな武器になる。W杯の23人を考えるなら、どちらか一人ではなく「どう並べるか」の問題でもある。クボタの江良颯も含めて、フッカーの椅子の争いは激しい。
フッカーというポジションの歴史はフッカー(HO)の特徴と世界・日本のすごい選手でまとめている。
Q1佐藤健次がNo.8からフッカーに転向したのは、いつ?答えを見る
答えは早稲田大学2年時。ラグビーリパブリックの2025年6月の記事では、本人が「HOになって4年目」と話している。高校時代の桐蔭学園ではNo.8として花園の舞台に立っていた。
“覚醒”の条件は、地味な2つの精度
佐藤の走力とボールキャリーは、もう代表レベルで通用している。あとは、泣いた準決勝で突きつけられたスローとスクラムの精度をどこまで上げられるか。フッカーの評価は結局そこで決まる。
No.8として花園を制し、フッカーとして早稲田を率い、プロ1年目で涙を流した。その全部が、いまの佐藤健次をつくっている。W杯2027まで1年。桐蔭学園の先輩の背中は、もう手の届く距離にある。
参考:JRFU 選手プロフィール 佐藤健次/ラグビーリパブリック(2025年6月1日)/JRFU PNC2026決勝 試合記録/JRFU 第61回全国大学選手権決勝 試合記録/埼玉ワイルドナイツ 佐藤健次/JRFU PNC2026決勝 試合登録メンバー
